鏡は迷いの具ならず、悟りの具なり

遅ればせながらパーフェクトブルーを拝観しました。


惜しまれながらも地下アイドルを辞め、女優としての道を歩み始めた少女が自分を見失ってしまう物語。ジャンルはサイコホラーに分類されるらしい。
類似作品をいくつか挙げることは出来るけれど、ミスリードが最も巧みだったのは本作だと断言出来る。また、伏線や言葉遊び、演出の細部に至る全てに今敏監督のこだわりを感じられます。
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以下の文章は作品の鑑賞後に読んで頂きたいです




鏡は悟りの具ならず、迷いの具なり
上記の一文は斎藤緑雨の言葉。
鏡を使って自分を省みても迷うばかりだ、という意味だと思うんですが、本作では鏡が真実の語り手となってくれています。
そのため、表題である「鏡は迷いの具ならず、悟りの具なり」といった具合に本作に沿うように文章を改変しました。少なくとも本作では鏡は悟りの具であり、迷いの具では決してない

あなた、誰なの?
本作の特徴に、現実と虚構の区別が全くつかないということがあげられる。
主人公の未麻自身でさえ「ひょっとして私、あの時トラックにひかれて、それからずっと夢の中なのかも」と考えてしまったことからも分かるように、自分自身が本物であるという確信を持てませんでした。高度に発達した虚構は現実と区別がつかないらしい。
アイドルだった頃の未麻は、mi-mania(ストーカー)やルミにとっての偶像であり、未麻自身にとってはもう一つの可能性(人生)といったところでしょう。
mi-maniaとルミと未麻、これら3つの虚像が重なり合うことで、未麻の前に現れ、彼女を苦悩させます。
もともとは別々の虚像なので、それらがシンクロすることはないはずでした。未麻の部屋さえなければ

戻るよ、未麻の部屋に
理想のアイドル未麻は、アイドルだった頃の未麻よりずっとアイドルらしい。少しややこしい話に聞こえるかも知れませんが、本物よりも本物らしく振る舞う偽物というのは珍しくありません。
実際、未麻の部屋(ホームページのことではなく、ルミの部屋を指す)は未麻自身の部屋(未麻の自宅)より「未麻の部屋」であろうとしていました。それが気味の悪さをより一層引き立てる。
mi-maniaとルミにとっての理想のアイドル未麻をシンクロさせる媒介をしたのが未麻の部屋であることは明白ですが、あのホームページは未麻とアイドルとしての未麻の振幅を増大させるきっかけにもなっています。

ドラマの中の高倉陽子の人格の二重性や、ドラマと現実との交錯を「ダブル
バインド」と呼べるのであれば、辛いが女優転身に頑張る未麻と、不服ながら
職業上未麻を支えていかなければならないルミ、この二つの人格に抑圧されな
がらも耐え切れずに出現してきた理想のアイドル未麻の人格、この三者の関係
は、「トリプルバインド」と呼んでも差し支えないであろう。汚れなき理想の
アイドル未麻が真ん中に立ち、右上と左上から未麻とルミが協力してそれを押
さえつけようとしている逆三角形のイメージである。そしてこの、トリプルバ
インド関係が、その後の物語の展開の中核を担っていく。

http://plaza.rakuten.co.jp/mesmer/12001/

これらの関係性にトリプルバインドと名づけた彼はまさに正しい。
トリプルバインドが本作の特異点です。
自分の中の2つの人格が重なるだけに留まらず、他人が創りだした偶像が偶像自身を支配しようとするという点がアイドルという職業を抜け目なく表現しています。
こうした設定の妙を今敏監督自身の言葉を受け取りながら感じることが出来る当時の記録を読むと楽しめます
http://www1.parkcity.ne.jp/s-kon/record.html


あの人のおかげで今の私があるんですから
最後に女優としての未麻の話をしましょう。
彼女は最後、トラックに轢かれそうになったルミを身を挺して助けましたが、これは、世話になったマネージャーを救ったのではなく、理想のアイドル未麻という自分にとってのもう一つの可能性に救いの手を差し伸べたのだと思います。
皮肉にも、そうすることで未麻の中のアイドルとして活躍する未麻は死にました。つまり、トリプルバインドは死を迎えました。
アイドルとしての未麻はルミに引き継がれ、ルミの中で生きていく、
そうすることで、女優としての未麻が生きられる。


私は本物だよ
注意深く観ていると、鏡は絶えず真実しか写しませんでした。
マッキントッシュやガラスのような鏡モドキに映された虚像は、漏れなく未麻を惑わせるための装置として機能しています。
そのせいで、観客も現実と虚構の区別がつかず、ラストシーンにすら疑いを持ってしまいます。
もう一度言いましょう、鏡は迷いの具ならず、悟りの具なり
ルミの腹に鏡が突き刺さることで終幕へ向かうことも含め、今敏監督の鏡の使い方は実に巧妙です。
特筆すべきは最後のカット、
未麻がバックミラー越しに「私は本物だよ」と優しく微笑むシーン

このシーンがなければ現実と虚構の区別がつかないままで、僕らはきっと救われなかったと思う